雨のアジサイと炭火とカルビ くだらなさの味わいかた

キャンプ=バーベキューという図式の浸透ぶりってすごい。もう全国規模で普及しているんじゃないだろうか?

先日のソロキャンプ、久しぶりに持ち出した七輪でカルビを焼きながら、ぼんやりそんなことを思案してた。

ひとりの時間っていうのは、有り過ぎてもろくな事を考えない。

咲き残った少しばかりのアジサイが、雨に濡れてキレイだった。

キャンプはぼくの趣味だけに、しょっちゅう出かけて行くのだけれど、炭を使うことは実はけっこう少ない。

バーベキューなんて年に一度あるかないかだ。

多分だけど、みんなが集まった時のイベントではなく、日常的な趣味としてキャンプを嗜んでいるような人たちは大体そうじゃないのかな?

だって、あまり見かけないもの。

炭で焼くだけのバーベキューは、いっけん簡単に思える。

たしかに調理としては単純なんだけど、道具やら準備やら、実は意外に手間だったりする。

それになぜか、薪を燃やすのは楽しいけど炭を熾すのは面倒だ。

ソロでバーベキューをしている人をあまり見かけないのは、多かれ少なかれ、みんなそう感じている部分があるからじゃないだろうか?

「じゃあ何でこんなにも当たり前のように、キャンプ=バーベキューなんだ?」

とてもくだらない事を考えているのは分かるけど、理由は分からない。

自身のことを思い返してみれば、友人なり家族なり、だれかとアウトドアを楽しむとき必ず食事はバーベキューだった。

そこには「なにを食べようか?」という議論すら存在しない。当たり前にバーベキュー。

いつからなんだろう?

たしか子供のころ、親戚一同で行った猪苗代湖でもそうだったな。

もう35年くらい前の記憶だ。

そんな昔から!?

もしかして、想像以上に根深い疑問かもしれない。

バレンタインのチョコレートよろしく、これを習慣として作り上げた誰かがいるのだろうか。

どうでもいい事を考えているのは分かっているけど、なんか気になるなぁ。

考えても分かるわけないけど。

そうしているうち七輪の上のカルビも無くなった。満腹で酔いも醒めてきた。

バーベキューの図式も、どうでも良くなった。

どうしようもなく無駄なことに頭を使ってた小一時間。

くだらなさをくだらないと自覚しながら切り捨てない余裕を、一人の時間は僕にくれる。

少しばかりの孤独は心地いい。

この感覚をどう言葉にしたらよいか思い浮かばないけど、たぶん要は

「ソロキャンプ楽しいよ」

でいいのかな?

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